僕が、誰もが自分なりの軸にまっすぐに生きられる社会をつくりたい理由。
目次
こんにちは。アクシス株式会社・代表の末永です。
今回はコーポレートサイトに社長ブログを移転してからの第一回の寄稿になります。
掲題にある言葉、「誰もが自分なりの軸にまっすぐに生きられる社会をつくりたい」というのは僕がアクシスを設立する前から変わらずに思っている事です。
そもそもアクシスという社名そのものが、(地球の自転)軸という意味なのですが、割と社名が被りやすい事もあり、名刺交換時に間違われてしまったり、検索エンジン対策でも不利だったりと、損な事が多い事を承知しながらも、こだわって社名に軸という意味を付けたのです。
自分の軸とは何か?
そもそもここで言う軸とはなんなのでしょうか?
色々な意見はあると思うのですが、僕は、「自分のありたい姿や、幸せの定義、人生や仕事に対する価値観を言語化したもの」だと思っています。
ありたい姿や、幸せという抽象的な自称について言語化を行う事は非常に難しい話だと思うのですが、こちらを言語化できていない人と、言語化できている人では、経済的にも、将来の成長性についても、精神衛生的にも、自己実現確度も大きく変わってくると思います。
なぜこれからの時代、自分の軸が求められるのか
僕はこれからの時代、自分なりの軸を持つ事が、人生や仕事において大きな意味を持つと思っています。
それは、なぜなのか?
これまでの時代であれば、そこまで自分の個別性の高いキャリア観や人生観を持つ必要性はそこまで大きくなかったと思っています。
具体的には、これまでは有名大学を卒業して、大手企業に新卒で入社する事さえできれば、勤続年数に応じて、年功序列・終身雇用で、継続的・連続的な給与アップやキャリアアップが望めました。
しかし、これからの時代は、勝ちパターンが見えない人生やキャリアになってきています。
大手有名企業に入っても親世代程には、上の世代の先輩達が詰まっており、事業や会社の業績もこれまで程伸びず、ポストが増えていかないために、期待値通りのスピードや確率では出世ができない。給与は上がらない。
また、外資系企業による買収、業績悪化によるリストラ、または人間関係不和により転職が身近になった中で自ら退職しても行き先がない・・など、1社に勤めれば、定年まで安泰、たくさんの退職金をもらって悠々自適な老後が約束されると言う時代は終わってしまったのです。
これまで国や親が鉄板だと教えて来てくれたような、どう人生を歩んでいくべきかと言う大戦略のようなものが通用しなくなってきた中で、結果として、個々人が多様に考え、多様に生きることが求められる時代になってきているのです。
その際の個々人のキャリアや生き方の方針や大戦略になるのが、ここで言う軸なのです。
自分の軸にまっすぐに生きる=幸福度の最大化
僕は、自分の軸にまっすぐに生きる事というのは、幸福度の最大化であると考えています。
これまでの時代の一律のヒエラルキーの中で、第三者と比較して、より大きな有名な会社に務めている事が幸せ、お金をたくさん稼いでいる事が幸せとは感じられにくくなっていますし、仮にそれに魅力を感じても多くの人にとってリアリティや夢が見にくい状況だと思うのです。
『幸せはいつも自分の心が決める』という相田みつをの名言がありますが、幸福度はまず自分がどうありたい、なりたいのかという自分なりの動機づけや目標設定を行い、それに合致した人生を送れている、近づけているという実感値が幸福度を決めるのだと思います。
ここがまっすぐになっておらず、歪んでいると、非常に苦しい状態が続いてしまいます。
これまでの時代の価値観を信奉して、会社が好きなわけでもないのに無理して大手有名企業でより出世を目指す人生、ハードワークが好きなわけでもないのに、たくさんのお金を他人より稼ぐ人生だと、仮に出世できたり、たくさんのお金を稼いでも満たされないのではないでしょうか。
自分の軸があれば周りに流されない、巻き込まれない
また、自分なりの軸を持つ事の効能として、周りに流されたり、巻き込まれる事がなくなるという事があります。
他人と比較している限り、常に流動的な他人と一緒にいる限り、その都度一緒にいる他人やトレンドなどに振り回され、自分の一貫した思想や選択や行動をとる事ができなくなってしまい、気がつくとなぜ自分は今ここでこれをしているんだろう?と迷走したり、後悔する事になりかねません。
転職エージェントとして、多くの人のキャリアや人生、働く事に見聞きしてきた中で思うのは、人生において、自分の時間やエネルギーを何に、どんな人に、どこに?投資するかでその後の成果や成長は決まると思っています。
誰と付き合うかで、どこに自分の身を置くかで、付き合う人たちやその場での価値観が、いつの間にか自分の当たり前になると思います。
何に時間やエネルギーを使うかで、時間の経過とともに、その特定分野において強みが磨かれていき、一定期間が経つと専門性やマスターの域に到達する事になります。
多くの自己啓発本にも記載があるような月並みな表現になってしまいますが、自分が辿り着きたい場所や姿を定義して、そのために必要なアクションや努力を重ねていけば、一定の時間軸で実現はできるでしょう。
ただし、そもそもどこにたどり着きたいのかが不明確であれば、そこにたどり着く事は一生ないでしょうし、そこにたどり着くための手段や方法、アクションが定義される事もありません。
一方で、周り他人がやっている手段や行動等を真似していけば、それで無難な成果が得られるわけでもなければ、その他人にも個別の目的や意図があっての手段や行動なので、結果として一貫性のない行動で、なんの成果も得られずに時間を浪費しただけだったという事が多分に発生する事でしょう。
適切なリターンを定義する事で初めて適切なリスクをとる事ができる
転職支援をしている中で、短期でのリターンを過度に求めすぎてしまい、結果うまくいかなかったり、凡庸な選択や意思決定に着地してしまうという方を多く見てきました。
転職者個人のキャリアや自己実現の最大化を成果としてコミットしているエージェントという立場で、客観的に見ていて、正直、もったいないと言いますか歯がゆいケースが多いです。
損して得取れという言葉がありますが、とにかく損をしろという意味ではありません。
一定の得が取れる見込みが高いのであれば、それ相応の損は許容する事は合理的であるという事です。
適切なリターンを定義しない中での、闇雲な努力やリスクテイクは単なる精神論ですし、リスクとってる自分格好良いといった自己満足に陥っているだけだったり、無駄であると考えています。
闇雲に努力や行動、転職をする前に、まずは、自分なりのリターンを定義する事からスタートすべきです。
リターンが明確になれば、そのリターンを得るために、どこまでのリスクや努力を払う必要があるかを見積もり、見合うと判断したらばアクションするだけです。
経済格差よりも、モチベーション格差・幸福度格差の時代
現代やこれからの時代は、経済格差以上に、モチベーション格差の時代になっていくのだと感じています。
なぜならば、前述したリターンを定義するには、自分の欲求や動機づけに敏感になる必要があるからです。
この欲求や動機づけが弱い状態ですと、どうしても自分なりのリターンや軸を言語化したり明確にしようとは思わないでしょう。
それであれば、もちろん現状維持であっても良いのかと思いますが、現状維持を続けていった先が不遇な結果であった場合、時間やロスした機会は取り戻す事はできないのです。
一定期間、時間や努力を投資する事が苦にならない事を見つけられる事が、幸福度を決めていくのだと思います。
そういう意味で、これからは、モチベーション格差が幸せの格差を生む時代だと言えるのだと思います。
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